東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1476号 判決 1958年5月27日
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)は、昭和二十八年一月二十九日訴外岩楯春雄に対し元金二十万円、利息月九分、弁済期を翌二月二十八日と定めて貸し付け、右債権を担保するため同人所有にかかる宅地及び建物につき抵当権の設定を受け且つ右期間内に債務を履行しないときは債権者が右各物件の所有権を取得することができるという代物弁済の契約をなし、右抵当権の実行の方法によるか代物弁済の方法を選ぶかという選択権は債権者にあるものとし、翌三十日右抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記をした。ところが同訴外人は右宅地を二筆に分筆し、その一を訴外高瀬三郎に対し所有権移転登記をなし、同訴外人は更に同年十月五日これを控訴人に売り渡してその所有権移転登記をなし、控訴人は右土地にその所有にかかる家屋を建築して居住し、現に右土地を占有している。一方岩楯春雄は前記履行期を経過しても一向にその債務の支払をしないので、被控訴人は前記代物弁済の契約に基き同年九月二十七、八日頃岩楯に対し本件宅地に対する所有権取得の意思表示をなしてその所有権を取得し、同年十月八日前記仮登記に基く本登記を了した、よつて被控訴人の所有権は仮登記の日たる昭和二十八年一月三十日に遡及して対抗力を生じたことになるので、控訴人はその所有権の取得を以て被控訴人に対抗できないものである。そこで控訴人に対し右登記の抹消及び右土地所在家屋の収去並びに土地の明渡を求めると主張した。
控訴人は、仮りに被控訴人主張のような代物弁済の予約がなされたとしても、被控訴人の岩楯に対する前記債権を担保するため不履行の際譲り受けることを約した物件の価格は土地建物を併せて合計約八十万円に達する。このように僅か二十万円にも満たない債権を担保するためこのような高額の物件を譲り受けることを約せしめることは、明らかに公序良俗に反するものであるから、右契約は無効であり、従つて被控訴人の請求には応じられないと抗争した。
理由
本件土地に関する代物弁済の予約が公序良俗に反するとの控訴人の抗弁について検討するのに、貸金業者が金員を貸与する場合、担保として不動産に抵当権を設定させ、同時に当該不動産につき代物弁済の予約をさせることは世上屡々その例を見るところであるが、代物弁済の予約をさせるという趣旨は、債権者において抵当権実行手続の煩雑を厭うと共に、その不動産の所有権を取得する方が抵当権の実行をするより有利とされることにある。従つて代物弁済の予約は元利金を合せた債権額より高額に処分し得られる不動産を以てその対象とされるものであることも亦顕著な事例である。しかしこの場合右の債権額より多少高価に処分され得る不動産を以てその対象とするのは当然ではあるが、債権額の数倍の価格のあるものがその対象とされ、しかも弁済期が極めて短時日に定められているときは、債権者は代物弁済を受けることによつて、僅かの間に巨利を博する結果となるから、若しこのような約束が債務者の軽卒、無経験に乗じてなされた場合は、公序良俗に反し無効のものといわなければならない。本件についてこれを見るのに、証拠によれば、昭和二十八年一月二十九日被控訴人が訴外岩楯春雄に金二十万円を弁済期同年二月二十八日、利息一カ月九分天引の約定で貸与した当時、代物弁済予約の目的となつた物件の価額は約八十万円を下らないものであることを推測するに難くない(しかも前認のとおり元金二十万円、利息天引、弁済期一カ月後というのだから、弁済期の債権額は金二十万円を出でず、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が本登記をした当時の右消費貸借上の債権の額は元利金を合せても四十四、五万円に過ぎない)。
しかも他の証拠を綜合すると、被控訴人から前記貸借によつて金二十万円を借り入れたのは、岩楯春雄の母岩楯さだ名義のパチンコ屋経営資金にあてるためであつたところ、さだは未経験のパチンコ屋を経営しようとするに拘らず、パチンコ屋は儲けが大きいからたちどころに資金の回収を得られ、従つてこの不動産を担保に入れ代物弁済の予約をしても、弁済期に履行できないようなことは万々あるまいと軽信して被控訴人のいうにまかせたことを認めることができる。右の事情を考慮すれば、本件消費貸借に際してなされた代物弁済の予約は正に債務者の軽卒無経験に乗じてなされたものというべきである。従つて、本件代物弁済の予約は公序良俗に反する無効のものと断ぜざるを得ない。
してみると被控訴人は右代物弁済の予約をもとにして本件土地所有権を取得することはできない筋合であり、たとえ本件土地につき控訴人の登記(昭和二十八年十月六日)に先だち仮登記(昭和二十八年一月三十日)の日に遡り得る所有権取得の登記をしたとしても、その登記は右の理由に基き無効のものといわなければならない。よつて本件土地の所有権を主張し、控訴人のためになされた所有権の取得登記の抹消と控訴人所有家屋を収去して右土地を明渡すことを求める被控訴人の請求は失当として排斥する外なく、これと全く反対の趣旨に出た原判決は不当であるとしてこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却した。